いちばん大切な神社は、生まれた土地の産土神社です。

 

産土神社は運気の底支え、生死に関わること。家庭内
の調和。結婚につながる縁によいとされています。

今住んでいる地域の由緒のある神社、鎮守さまに参拝
するとよいでしょう。

鎮守さまは、仕事運と金運を司るとされています。

 

 

日本の神社のなかでは、「伊勢神宮」と「出雲大社」

熊野本宮大社をはじめとした「熊野三山」のお社には、いちどは参拝されるとよいでしょう。

 

 

 

Q 人は亡くなると霊界にいくと聞きますが、それならば、お墓や仏壇、位牌はいらないのではないでしょうか?

答 人は亡くなると、まずは幽界と今の世界の中間にある世界にいき、四十九日ほどたち、自分が亡くなったことを自覚すると幽界という今の世界とよく似ている世界にいきます。その幽界で、いままで生きてきた日々への執着を少しづつなくしていき、魂をさらにレベルアップしていく日々がはじまります。そして、霊界、神界へと上昇する日々を過ごしていきます。
   
私自身、亡くなったら、あの世にいくことになるのだから、お墓や仏壇、葬式する必要などないと思っていました。形や儀式にこだわることをよしと思っていませんでした。しかし、形や儀式にこだわる先祖や存在がおられるのだとわかってきて、お墓などの重要性を人にも語るようになりました。お墓や仏壇、位牌、神棚などは、先祖やさまざまな存在の依り代です。そうしたものがないと人に寄り憑いてしまうのです。毎日とは限りませんが、年回忌、祥月命日、お盆などは、あちらの世界からやってくる先祖がおられるので、そうした依り代となるものが必要となってきます。また、この世とのつながりを断ち切れない存在にとって、お墓や仏壇、位牌、神棚などは、中継基地みたいなものになるようです。

 

ちなみに、霊能者の皆様が口をそろえて言われているのには、やはり、あの世には地獄もあるとのことです。とくに、自殺された方のほとんどは凄惨きわまる世界にいくとのことです。地獄にも、さまざまな階層があるらしく、闇のなかで孤独に嘆く世界や、たがいに傷つけあう修羅の世界、ほか、言葉にするのもはばかられるような壮絶な世界もあるそうです。そうした世界は、人々の想念が創り出した世界で、もともとは存在しなかった世界だとのことです。


Q  神棚の交換時期はいつ?

  答  五年、十年など五年ごとに区切って交換しているようですが、二十年に一度交換するのが好ましいでしょう。御札(神札)やしめ縄は毎年新しいものと交換します。

 

Q  家族の方が亡くなったときの祭り方は?

答  神棚の前に白い半紙(習字紙で可)をはって神棚封じをします。参拝も、神棚への拝礼も五十日間慎みます。浄土真宗以外の仏教系の仏壇は扉を閉めておきます。神道の神は一切の汚れを嫌います。苦しみはすなわち「気枯れ」で汚れとなります。

 

誰でも神は苦しいときに救ってくれる存在ではないのかと疑問をもちます。

 

答は、苦しいままの状態で祈っても神と同調しないからだめなのです。どんなに苦悩していても、神に祈るときは、神のように汚れのない明るい心で祈らなければならないのです。また、霊的には、亡くなった霊たちは、五十二日間ほど現界にとどまって、心の清算をしようとします。そのあいだ、家族の方たちに憑いていることもあり、いずれにせよ、その間は神事を控えるほうがよろしいでしょう。


Q  おみくじのひき方はどうすればいいのですか?

答  参拝前にいくと決めたら、これだけは神様からお導きをいただきたいと神棚や家の北西に向かって心に強く念じ口にだして祈ってください。それから神社の拝殿で拝礼してから、あらためておみくじをもって、お導きのお言葉をくださいと祈り、実際に口にだしてからおみくじをひきましょう。

 

おみくじを家に持ち帰ったら、御札とおなじように大切にしましょう。その後、年末か年始のときに、御札と一緒に神社でお焚きあげしてもらいます。

Q 神の障りとはなんですか?

答 先祖が祀っていて、子孫が祀らなくなったためによくおこります。人間の都合だけで祀ったのやめたりすれば、神様でも居場所のこともあり、人に祀りについて知らしめようとするさい、さまざまな現象がおきます。

また、聖地を汚したり、神さまをないがしろにしたさいなど、ご眷属たちから戒めをうけることがあります。氏神様によく祈願して、おわびし、氏神様からよくよくお取り次していただき、まえに参拝していた社か、社あとや土地にいき、心から感謝とおわびをして、今後も祀るか、祀らないかをきちんと言葉にして伝えるべきでしょう。それでもだめなときは、霊能者の方にご相談してください。


Q 神道、惟神の道とはなんですか?

答 私にとって、神道、惟神の道とは、己の神性に目覚め、神人合一の境地をめざしゆくことだと思っています。神道では、人にはそれぞれ神の御霊を内に秘めている、としています。

Q お祓いや除霊すると開運すると聞きましたが。

答 私の持論なのですが、除霊や浄霊は、緊急措置的な行為だと思っています。私も、ときおり人形お祓いや、祝詞などを唱えてお祓いすることがあります。しかし、どの霊能者も言われているように、ただ一度のお祓いや除霊だけですべてが解決するわけではありません。霊視のできる霊能者であれば、いかなる理由でどんな存在が憑いていて障りをおこしているのかわかり、供養をするなどの処置をすることによって解決の道がひらかれることでしょう。

 

大切なことは、自分自身の心の境地を高める努力をし、御霊を磨いていかないと、低レベルな霊や存在が憑いて、おなじ苦しみにあうことになると思います。術や祈祷などでなされる行為で縁結びをしたり、願いを叶えたり、政敵を倒すことは、短い期間は効くでしょうが、恨むものは恨まれる。法則を無視した祈祷はあとで地獄をみることになります。歴史をみれば、政敵を祈祷で亡きものした人たちは、晩年、地獄のような境遇におかれ、悶え苦しみながら亡くなっています。釈尊の言われるように、術や超能力は緊急措置のとき以外はつかわないほうが、本当の意味での幸せを得ることができると思います。

Q 守護霊は誰にでもついているらしいのですが、守られている感じがしないのですが。

答 守護霊の多くは、先祖のなかで霊格が高い方が生涯を通じて守ってくださる存在であるそうです。途中で交代されることはまずないと言われる霊能者の方のほうがとても多いのです。守護霊は、万能ではなく、幸運をもたらすための存在ではなく、私たちの御霊磨きのためについておられるとのことです。 また、私たちたちの過ちや前世での悪業を消滅させることはできず、自分の行為によってトラブルがおきることは、あえて学びのため、守護しないこともあるそうです。

 

ほかにも、背後霊、そのなかには守護神といわれる存在もふくめて述べたいのですが、背後霊、あるいは指導霊といわれる存在は、人生のなかでなんどか交代するそうです。霊的な力であったり、仕事に関わる才能であったり、芸術的な能力をあたえてくださる存在だそうです。そうした存在は、自分の成し遂げたい思いを代わって叶えようとするようで、役に立たないと思われたり、なにかのきっかけで離れてしまうそうです。そうすると、霊感や創作のひらめきがなくなり、凡人となってしまうのだとか言われています。

Q いつか救世主は降臨すると思いますか?

答 イエスキリストや釈尊、ほかにも多くの聖人たちがすでに降臨され、今もそうした方々は世界じゅうにおられると思っています。私自身は、人はみな誰もが救世主であり、世界を創造した創造神でもあると思っています。思いが世界を形作るのであれば、結果的に人は救世主であり、創造神でもあるといえるのではないでしょうか? 神道では、人には神の御霊の分け御霊が内在しているといいます。
   
Q 神とはどんな存在なのでしょう?

答 ひとつひとつ説明するのもややこしいので、いつも神さまとひとくくりにして書いたり話したりしていますが、私にとっての神という存在を個人的な考えとして述べたいと思います。

 

まず、第一に、この世界を創造した意志であり、エネルギーであり、法則であると思っています。この世界を宇宙を創造した存在は、自ずからのさまざまな疑問を解明するために、数多くの御霊を世界に蒔いて、それらの御霊をあらゆる条件下に置き、さまざまな経験をさせて、それらの情報をいつかは自分のところに還ってくるシステムをつくったのではないかと考えています。還ってくるためには、濾過、ようするに、御霊を浄化、昇華させることが必要なのだと考えています。

 

また、肉体を羽織ったことのない自然霊、龍や妖精のような存在もまた、天地自然を管理している、偉大な力をお持ちの存在もまた神だと思います。また、地上で生活し、何百年、何千年と昇華の日々を過ごし、レベルの高い存在となられた神霊もおられると思います。そうした存在が社に祀られるようになったのだと思います。

Q 神社には神さまがおられるのですか?

答 古来の神道は、ある場所で、地鎮祭のようにしめ縄を張り、神事を執りおこない、神が降臨され、さまざまなお導きをいただいていたそうです。その後、時代が下り、神さまに常駐してくださるように建てた社が神社になったそうです。本来は山の上に建てられた社、奥宮と呼ばれるところが本来の神社で、雪が降ると参拝できなくなるので、里にも神社を建てたものが一般的に参拝されている社です。

 

霊能者の方々が言われるには、高級神霊と人の波長がちがいすぎるし、地上の波動が荒すぎるので、地上世界には降臨してこれないのだそうです。そのため、中継ぎをする神霊が代わりに降臨されるのだとか。
 
私が思いますに、神社には眷属や、祭神の神系の代理の神霊がおられて、神霊との中継ぎ、取り次ぎをされているのだと思っています。祭神名はおそらく本名ではなく、神さまのようすやお働きを名付けたものと思っています。シルバーバーチ関連の本には、神霊は謙虚であり、あえて名前を言わないそうです。シルバーバーチも、三千年前に地上に生きておられて、その時代では、今でも誰もが知っている方だそうですが、最期までお名前をおっしゃらず、ただ、私の教えだけを聞いてほしいと、中継ぎをしている神霊をつかって人々にお伝えしていました。

 

なんにせよ、神社は神さまたちと地上の中継基地みたいなところであり、地磁気が高く、森林浴効果もあるよい場所です。地磁気の高い土地は、人の心身を癒す効果があるそうです。反対に、地磁気の低い場所は、人の心身を乱してしまうそうです。ちなみに、新宿や皇居などは地磁気が高いそうです。その地磁気が日々、低くなっているそうですが。

 

神霊のいらっしゃる土地が地磁気が高いということであるならば、地磁気が日々低くなっているということは、神さまたちがしだいに神界に還られているのでしょうか?

神社とは人の祈願の受付所ではありません。神さまたちは、人からお供えされずとも幸せにあらせられます。聖地にたたずみ、心身が洗われてゆく。それが本当の神徳であろうと思います。

 

心が清まれば感性も豊かになり、人にも優しい気持ちになれ、社会も健やかなものになるでしょう。




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